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小宛国
小宛国は戸150、人口1050人、兵士200人と「漢書・小宛国伝」に記載された。現在の且末(チャルチェン)県の南、カラミラン河の北岸あたりである、昔の住民たちが、農業や牧畜業をすると言う。
2010年10月、洪水で崩れた断崖に古墳が露出し、発掘された副葬品として、陶器、銅器、鉄器、馬や羊、ヤギの骨が発見され、これから小宛国の研究に役に立った。
※2010年の記事 「新疆昆侖山の北麓で、西域・小宛国の墓を発見
ウルムチ新華社電によると、昆侖山の北麓で発見された石棺墓群が、古代西域36国の中の「小宛国」の墓群である可能性が高くなった。これらの石棺墓は、今夏昆侖山の北麓で洪水が発生したあと、付近で羊を放牧していた牧畜民が発見した。 発見された墓は合計12基で、新疆ウイグル自治区チャルチェン(且末)県内にある昆侖山の北麓に展開する古い渓谷の崖壁の上にある。標高は約2800メートル。今回の緊急発掘の責任者、新疆博物館考古部の王博・研究員によると、古墓群はすべて崖壁の上にあり、崖壁の高さは約7~8メートル。石棺墓は崖の頂上から約4メートル、谷底から約3メートルの崖壁の中間部にあり、洪水が発生しなければ、発見されることはなかったという。
考古研究者は、多数の大型石板を発見した。ほとんどは長さ60~70センチ、幅20~30センチのもの。過去数年間に、洪水が崖壁を洗い流し、崖壁の風化が進んだことから、少なからぬ石棺墓が破壊されていることを物語るもの。 発掘は今月から始まったもので、12基の古墓を緊急発掘する過程で、夾砂紅陶が大量に発見された。そのうちの多くの陶器に、煙にいぶされた痕跡が残っていた。美しい銅鏡や銅刀なども発見されている。石棺墓のほとんどは墓主が一人で、側身曲肢の形で埋葬されていた。一つだが、女性と幼児を合葬した石棺もあった。
王博氏は次のように説明している。出土品から判断すると、石棺墓は紀元前500年から同200年のものである。古墓群は古代西域36国の中の且末国と小宛国の境界にある。漢書によると、西域36国の中の小宛国は昆侖山の山岳部にあった国で、住民は牧畜を生業にして暮らしていた。城址は且末国の南部にある。
王氏は「平原にあった且末国の住民は、農業を生業にして暮らしていた。且末国はシルクロード南路の交通の要衝で、経済がかなり発達していた」と説明した。
チャルチェン県では、1985年にザグンルク(扎滾魯克)古墓群が発見されており、出土品の多さと古墓群の規模は、且末国の経済力を証明している。古墓群はすべて竪穴土坑墓で、ほとんどが合葬だった」と述べた。
今回昆侖山の北麓で発見された12基の石棺墓の副葬品は簡単なものだったが、山羊や馬などの動物の骨が副葬されていた。当時牧畜業がかなり発達していたことを物語るもので、牧畜業を中心にしていた小宛国の経済形態と一致する。
発掘は一段落しており、考古研究者は小宛国の神秘のベールを開くため、石棺墓から出土したミイラの遺骸の研究を始めている。
チャルチェン県は、タリム盆地の東南の縁、昆侖山の北麓にあり、総面積は約13万8700平方キロ。面積が中国で2番目に大きい県で、区都ウルムチから約1200キロのところにある。